挾み撃ち (1977年) (集英社文庫)

主人公は突然橋の上で立ち止まり、橋が繋ぐ此方と彼方の間で立ち往生する。主人公はゴーゴリの外套を芸術的理想とした小説家(のような)存在だが、生活のためにそれを追求することができないでいる。かつて失くした外套を探すこの話は、その芸術的理想と生活の間のどっち付かずの状態で筆を執る作者のメタファー。自身を小説家だと自信を持って言うこともできないのも、その半端者である自覚ゆえだ。唐突に始まる過去の話、現実か妄想かも分からない女との出会い、兵隊に向いてると言われ、将校を目指した戦前の自分と、それを｢ばからしか、ち｣と笑う戦後民主主義。主人公はあらゆる点において挟み撃ちにあい中吊りの状態にいる。この小説に物語がないのも当然。主人公は橋の上から身動きがとれず、停滞した状態にあるからだ。そしてそれは｢イケてる西洋｣と｢アジアのダサさ｣との間で挟み撃ちになっている現代の日本人とも通じている。アメリカの真似をしてもただの猿真似にしか見えないし、かといって伝統的な日本はもう時代遅れで退屈に感じる。結局なにをすれば良いのか、現代とは何なのかを考えた末には、著者の到達した『楕円の世界』という世界観が強い説得力を持つ。この世界にはどうしても理解し合えない他者がいて、それぞれ思い思いに勝手なことをしながら共存している。究極的な多様性の価値観。統一された理想とか、共通の時代精神なんてものはそもそも存在しなかったのだ。ただあると思いたい人間が、あると信じ込んでいただけなのだ。そのような人々もこの多様性の一部なのだと。この小説がなぜいま再刊されたのかもわかる気がする。