テキサス無宿 (1975年) (現代教養文庫)

買い物する。普通にお札を出しておつりを受け取る。日本で長く暮らしている私たちにはごくありきたりの行為だ。まさかこのやりとりの中に不正が介在するなんて想像もしていない。しかしアメリカではしばしばインチキがおこるらしい。実際、私も二度経験した。一度はニューヨークで、一度はハワイで。私が出したお札がいつのまにかもののみごとに消えてしまうのだ。そして店員はまだお金を受け取っていないと主張する。おのぼりさんに見られたのだろう。英語もわからない東洋人と思われたのだろう。結局ニューヨークではふんだくられ、ハワイでは強気に出てとりもどした。このたぐいのかわいい「詐欺行為」はアメリカでは日常茶飯事らしい。この本には店員と顧客のいろんなこん・げーむ（詐欺行為）が紹介されているから昔からよく行われる当たり前のことだったんだ。この本の活字はとても小さい。その上、漢字の活字にはカタカナのルビが丁寧にかつ過剰にふられている。例えば、長官にはガヴァナア、卓子にはテエブルといった具合に。それがこの本の味だと言ってしまえばその通りだが、虫眼鏡がないと読みづらい。（これで欄外に注釈でもあれば、田中康夫の「なんとなくクリスタル」に似ている。）クセのある文体だが作者のセンスを私は嫌いではない。35歳で死んだのが惜しまれる。最初は、日本であぶれた若者がアメリカへ乗り込んでいって、人種差別と日本への望郷にも負けずに頑張るといった「日本男児ここにあり」的な物語と思った。しかし全編に流れるのはアメリカの豊かさ、アメリカの偉大さ、アメリカへのあこがれ。それに比べた日本人の卑小さ。これは1930年の作品だから、多くの日本人がこの本を読んでいたら、太平洋戦争など起こす気にはなれなかっただろう。